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満月珈琲店の星詠み

  • 書籍データ
    • 作者 望月麻衣 / 画 桜田千尋
    • 出版社 文春文庫
    • 第1刷 2020年7月10日
    • 第17冊 2022年2月25日
目次

癒しのファンタジー

私もかつては星占いに夢中になった時代がありました。自分でホロスコープを作ったりして…今はもう作り方どころか見方さえ覚えてはいませんけどね。この作品はそんな星占いをベースにした癒しのファンタジーですね。

桜田千尋さんのイラストも幻想的でとてもきれいです。そもそも作者の望月さんは、桜田さんのイラストを見てファンになったそうですね。

満月にだけ現れる三毛猫がマスターの「満月珈琲店」

第一章 水瓶座のトライフル

かつては華々しく活躍したシナリオライター瑞希は、40歳で独身、細々とゲームのサブキャラのシナリオを書いて暮らしています。彼女の中には後悔と不安が渦巻いていて、ありったけの勇気を振り絞ってかつてともに仕事をしたプロデューサーの明里に企画書を送りますが、直接会って告げられたのは会議でボツになったという一言でした。ショックのあまり呆然とする彼女に声をかけたのは、やけに派手な若者と落ち着いた男性。彼らは「満月珈琲店」の話をしてその場を去ります。

その店に行くつもりはなかった彼女ですが、何となく足を向けた先で看板を見かけて、ひかれるように河原に止めてあったトレーラーカフェに向かってました。そこにはそれぞれ惑星の名を持つ猫たちが待っていました。その猫たちは実は先ほどの若者たちで、ホロスコープをもとに彼女の人生にさりげなくアドバイスをくれます。そこで出されたホットケーキと紅茶のおいしさに、感動する心を取り戻した彼女は…

「ええ、満月は『手放す』力を持っているんですよ。それは、後悔や嫉妬、執着といった『負』の感情を含めてです」

後悔、嫉妬、執着……。

私はもう一度、紅茶を口に運ぶ。

手放したいのは、それだけではない。

人の目を気にする心、評価への恐怖。

現状を知りたくないと、目を背ける浅ましさ……。

「……そうしたものを本当に手放せるといいな」

つぶやいた時、ぽろりと涙が零れ落ちた。

私は慌てて、涙を拭う。

本文 p57-58

涙を流すことさえ忘れていた彼女がぽろぽろと泣きだしました。つっかえていたものが取れたように、零れ落ちた涙は乾いた心にしみこんでいくように…

「あなたは、涙を流してこなかったでしょう? 辛い時、苦しい時は、ちゃんと泣かないといけません。水はすべてを流してくれる作用があるんです」

本文 p58

このシーンほんとに好きです。泣きたいときに泣けばいいんですよね、心を守るためにも…。そういえば大好きな歌にもそんな歌詞がありましたっけ。

そしてかつては豪華な部屋に住んでいた彼女が、小さな部屋に移り住み、家具も売り払ってしまったことについても、猫たちは指摘します。

「芹川先生、今すぐ引っ越しをしろという話ではなく、今住んでいる家で、できるだけ快適に過ごせるよう、心がけることが大事だという話です」

ハチ割れがそう言うと、マスターが、そうそう、と微笑む。

「彼の言う通りです。あなたは、『自分は自分のために、素敵な部屋に住む必要があるんだ』ということを『知る』ことが大事なんです。そして『いつか自分が最高に気に入る部屋に住めるように頑張ろう』と心に決めること。それが自分を理解するということです」

本文 p88

こういうお話を読むと、人は自分の思うような生き方しかできないという話を思い出します。だから「ビジョン」というのがとても大切なんですね。私も未来のことはほとんど考えずに、ある意味思い付きで流されるままに生きてきたので、この言葉はかなり刺さりました。

「『自分を理解する』というのは、『自分を大切にする』ことにつながります。そうすると、あなたという星が輝きだすんですよ」

「私という『星』?」

「人も一人一人が、星なんですよ」

本文 p89

そしておいしいデザートを食べて、ふと我に返って振り返れば、もう「満月珈琲店」は消えてしまっていました…。

よく「自分を愛せない人に他人を愛することはできない」という言葉も聞きますが、自らを大切にすることが、他者への理解につながるんだな…なんて思いました。

第二章 満月アイスのフォンダンショコラ

一方瑞希に会って企画が通らなかったことを告げた明里は、その後ローカルテレビ局の会議室で、「死刑宣告をした気分」でひとり落ち込んでしまいます。そこに現れたスタイリストの次郎に聞かれて、瑞希の企画書が通らなかった理由を話します。

突拍子もないようだが、彼の言葉は的を射ていた。

彼女の企画書は、メニューは悪くないけれど、店構えが中途半端で客層の想像がつかないという感じだったのだ。

本文p101

相変わらず、鋭い人だ。

彼のこういうところを、私は苦手にしているのかもしれない。

そう、私は彼女に会って、確かめたかったのだ。

芹川瑞希に今も光るものがあるのかどうか。

野心ーという言葉を嫌う人もいるかもしれないが、どんな業界でも、それがない者に、成功はありえない。

もし、成功したとしても、ほんの一時の幸運に終わる。

瞳に野心を宿しているかどうかで、仕事への熱量が分かる。

どれだけ本気で向き合っているのかが、分かるのだ。

本文せ101-102

企画は通らなくても、わずかな望みを抱いて会った瑞希にはその熱量がなかった…。

明里の拒絶の前にあきらめてしまった瑞希の想いを、「人を見る」職業の次郎が代弁します。それを聞いて後悔するのは、明里には瑞希に対する別の想いがあったからでした。

そして明里は本来京都に来た目的である、スキャンダルを起こした女優沙月にその日二度目の「死刑宣告」をして、泣きながら部屋を飛び出した沙月と、京都御苑でばったり出くわします。その時すでに酔い潰れる寸前だった沙月ですが、二人の目の前に「満月珈琲店」がありました。

父親の面影を探して不倫をしてしまった沙月と、相手が独身だと信じて付き合いかけ、土壇場で妻子持ちだと気が付いた明里。猫たちはそれぞれにアドバイスをします。

「この世にあるのは、『自分のしたことは、自分に跳ね返ってくる』という鏡の法則。誰かを傷つけたら、それは大きく跳ね返ってくる。さらに同じ不倫でも、相手の家族が多ければ多いほど不幸にする人の数も多い。それが跳ね返ってきてしまうんだ」

本文p138

「さっきも言った通り、『土星』は試練を与える厳しい星よ。だけど、試練は壁ではなくて、扉なの」

そういったペルシャに、ハチ割れは大きく頷き、沙月はぱちりと目を瞬かせる。

「扉……ですか?」

「そう。試練を乗り越えたら、新たな扉は開いて、素晴らしい景色を見せてくれる。実は『土星』はね、厳しいけど、がんばった子には、ちゃんとご褒美をくれるツンデレ教官なのよ」

本文 p142

いいですね…試練は壁ではなく扉。こんな風に考えられたら、きっと人生は良くなっていく気がします。そして明里には。

「満月には、『解放』の力もあるんです」

「『解放』?」

「明里さん、常に正しくあろうとするあなたは素晴らしいと思います。ですが、それだけがすべてなわけではありません。時に、自分を赦すことも大事ですよ」

ハチ割れは優しい口調で言った。

本文 p146

「そう、彼の言う通り、ちゃんと自分を赦してあげることも大事なことよ。明里さんは自分に厳しすぎて、それを人に押し付けてしまうところもあるでしょう?それは少し違うと思うのよ」

その言葉も私の胸を刺す。

本文 p147

この辺りにもまた生き方に関するアドバイスがうかがえます。正しさにがんじがらめで生きにくくなってしまった心が、このような言葉たちとおいしいスイーツで溶けていくのですね。

第三章 水星逆行の再会

前編 水星のクリームソーダ

友人と二人小さなIT会社を経営している水本は、同じ小学校に通っていた三歳年上の早川恵美と偶然出会い、メールで呼び出されて会いに行きますが、なぜかその日はトラブル続きで、故障で止まった電車の中で夢を見ます。恵美が出してくれたコーヒーを飲んだ彼は、その夢の中身を思い出します。

彼は夢の中でも電車に乗っていてなぜかトレーラーカフェでクリームソーダを飲んでいます。そして猫たちの「水星逆行」の話を小耳にはさみ、質問します。

「水星は、電波やコミュニケーションを司る星なのね。その水星が地球から見て逆行していると、水星のエネルギーが逆に働いてしまったりするわけ。だから、逆行期間中は電子機器、伝達系のトラブルが起きやすいの。メールが届かなかったり、こうして電車や飛行機が遅れたり」

彼女の話を聞いて、自分は、へぇ、と相槌をうつ。

本文 p186-187

「うん。これは、よく覚えておいて。逆行期間はたった三週間程度だから。その間、契約書をしっかり確認だけして、契約を結ぶのは逆行明けが好ましい。どうしてもその時間にしなくてはならない場合は、いつも以上に慎重にね」

本文 p190

夢の話をする早川に、恵美もまたある夢を見て仕事を辞めたと打ち明けます。

後編 月光と金星のシャンパンフロート

美容師の仕事に疑問を感じていた恵美は、いつの間にか実家の理美容室の前にいて、金髪の美しい女性と出会います(ビーナス)。髪をセットしたいのにお店が開いていないという彼女の願いをかなえるためについていった先は、「満月珈琲店」でした。その日は「満月楽団員」の演奏の日でした。゛

『こうして、誰かを美しくするのが大好きなんです。だから、美容師の仕事は天職だと思っているんですけど……』

どうして、こんなに毎日、しんどいのだろう?

自分に問いかけて、私は目を伏せる。

すると彼女は、黒髪の女性の方に視線を送った。

『彼女はもともと、バラードばかりを歌っているシンガーだったんです。でも楽しくなくなってしまったそうなんですよ。歌は大好きなのに、憂鬱になることが多かったそうで。それがある日、オペラを歌ってみたら、魂が震えるように「これが歌いたかったんだ」って思ったそうです。もしかしたら、あなたもそれに近い状態なのかもしれないですね』

彼女の言葉に、私は、どきり、とした。

本文 p200

大好きな仕事のはずなのに、どこか楽しくない、やりがいが感じられない…そんな気持ちはわりと多くの人も持っているものだと思います。そしてこの会話を経てマスターが星詠みをしてくれます。

『お金……所有を暗示する第二室は、「自分にとって向いているお金の稼ぎ方」を教えてくれる惑星でもあります。金星は「娯楽」などを司る星。ですから、あなたはご自分の「楽しみ」を大いに活かすことで、繫栄していくんです』

『……楽しみ』

と、つぶやいて、私は夜空を見上げる。

仕事は楽しいはずだ。

それではなぜ、今の仕事がしんどいんだろう?

大きく思い当たるのは、二つ。

本文 p205

そうして恵美は自分が本当にやりたかった仕事に思い当たります。そして両親の店を手伝いながら、フリーの仕事を始めることになります。

仕事が楽しくないときは、きっとどこかにやりたくないことも潜んでいるものなんですね。一度自分の仕事の棚卸をしてみるとその理由が見えてくるかもしれませんね。

私も振り返ってみれば、とても楽しく仕事をしていた時期がありました。でも仕事にはやりたいことだけではなく、苦手なことも必ず含まれているんですね。それを甘んじて我慢して続けるのか、それとも思い切って同じ仕事でも別のステージにシフトするのか…もう少し若ければ私もそこで考え直したかもしれませんね。

私は今、他動的に(転勤で)別の職種にいますが、もともとあっている仕事だったようで、慣れてきた今はだんだん楽しみが増えてきましたけどね。ただ自分の裁量で動く仕事から、相手待ちの仕事に変わったので、必要なスキルも考え方もなじむまではとても時間がかかりました。それも50代での大きな変化は大変でしたが、結果的にはとてもラッキーなシフト変更だったと思っています。ここで仕事についてとても考えさせられました。

それぞれの物語が結びつく

ここに登場する人物たちは、それぞれが「満月珈琲店」をきっかけに新しい決意をして輝きを取り戻すことになります。そして最後に彼らを結びつける「縁」の物語で終わります。とても心の温まる、そしてきっと何かに悩む人の心に寄り添うような、そんなやさしい物語でした。

人の縁ってそんな小説みたいなことはないよね、と思う方も多いと思いますが、私自身は仕事先とか友人を介して、「ありえないよね」という人のつながりを何度も経験してきています。一番びっくりしたのは、20代で転職した時(しかも転職はその時1回だけ)に、新しい職場に行く1週間前に、高校時代の友人の結婚式に出席したのですが、2日違いで入社した方がその式にも出席していたのを後から聞いた時でした。しかも彼女の嫁ぎ先の隣の家で、新郎さんとは同い年の幼馴染の親友だったという…きっと皆さんの周りにも、出会った人とよくよく話をしてみれば…ということは多々あるのかもしれませんね。

私個人的には今は占い自体はあまり信じてはいません。たまに雑誌の占いとかのぞき見ぐらいはしますけどね。どちらかというと自分が動けば未来は変わる、病気になって以来はそんな考え方に今は落ち着いています。でもそういったものが人生の羅針盤として必要になることもあるかもしれないな…とは思っています。心が弱っているときに、一歩前に進むための希望になるならいいんじゃないかな?と。本来の占星術は古代から受け継がれてきた学問ですから、ちゃんと学んだ人ならかなりの部分当たるのかもしれませんしね。

ただ世の中悪い人もいるので、弱みに付け込むような占いには注意しないといけませんね。

この物語はここで終わらず、続きが2冊あるようなので、ぜひ続きを読んでみたいと思います。

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