- 書籍データ
- 作者 望月麻衣 / 画 桜田千尋
- 出版社 文春文庫
- 初版 2021年12月10日
愛の形は一つじゃない
このシリーズ結局一気読みしてしまいました。今までの作品もとてもよかったのですが、特にこの「ライオンズゲートの奇跡」が一番好きです。一見短編集に見えるのですが、読んでいるとどんどんリンクしていくんですね。星占いをベースにしてその人の本質を掘り下げていところが、(占いを信じる信じないを別にして)物語の縦糸として効いているようなかんじです。ましてや星占い好きの方には特におすすめのシリーズです。
ライオンズゲートとは
今回のサブタイトル「ライオンズゲート」って何?と、星占いド素人の私が思ったので、まずはその説明の部分を引用しておきますね。星占いご存じの方にはおなじみかもしれませんが…
獅子座の期間は、地球にとって特別だ。
毎年、八月八日前後に「獅子の扉」が開く。
どういうことかというと、地球・オリオンベルト・シリウスという三天体が一直線に並ぶことで、普段は入ってこないような星のエネルギーが地球に降り注ぐ。獅子の扉と呼ばれるのは太陽が獅子座に入っているときに起こるためだ。
ちなみにこのことは、「ライオンズゲート」とも呼ばれている。
プロローグ p25より
まずはここまでが基礎知識ですね。
プロローグ 自分の名前が気に入らない?
このシリーズには「満月珈琲店」のスタッフとして大きな猫のマスターと、時々猫に変身する太陽系の惑星の名を持つキャラクターが出てくるのですが、今回「海王星(ネプトウルス)」が物語のキーとなります。彼は自分の名前に違和感を持ち続けているのですが、今回はそんな「名前」が一つのポイントです。
自分の名前が好きではない彼にマスターは仲間内だけの呼び名「サラ」という名をつけてくれます。美しい名前を授かったととても喜ぶ彼ですが…好きな作品の作家のことがとても気がかりだったのです。そしてこの獅子座の期間に満月珈琲店の手伝いをすることになるのですが…
「わたしはイメージを大事にしている。美しいものをイメージすることで美しいものや出来事とつながれる。そうして、美の連鎖が広がる」
こうして、誰かに気づかせてもらったことで、自分も誰かに気づきのキッカケを与えてあげることができたらと思うのも、美の連鎖かもしれない。
そうして、想いはつながり、広がっていくのだろう。
introduction P23より
。
美しい心の連鎖、ほんとにこんな連鎖が続いてくれたら世の中平和になるんですけどね。それからこの物語を読むと、愛の形はほんとにいろいろあるんだなと、そんな風に思いました。
鮎川沙月とアフォガードの記憶
この鮎川沙月は最初の作品で少し出てきました。年の離れた俳優との不倫事件で炎上したものの、満月珈琲店で中山明里と一緒に自分を見つめなおして、真摯に記者会見をすることを決心した女優さんでした。今回は彼女の出生の秘密がかかわってくるのですが。まずはダイエット本を書いたという彼女のものの考え方の一つがなるほど~でした。
「こういうと語弊があるよね。自分のスタイルっていうのは、今している生活の結果の顕れなの。『ダイエット』というと期間限定になりがちでしょう? 一時的に体重は減るかもしれないけど、やめたら戻るのは当たり前。例えば体重が六十キロの女性がいたとする。それは、その人がしている生活=六十キロの体重、その体型を作り出しているということ。そこから五キロ減らしたいなら、一時的に何かをするんじゃなくて、そもそも生活を変えなきゃ」
本文 p45-46より
「まるっと生き方を変えるのは、環境を変えなきゃ難しいけど、ほんの少し変えていくだけでも結果的に大きく変わっていたりするよ」
本文 p46より
「どれも地味なことだけど、それが当たり前になっていったら少なくても『六十キロの生活』じゃなくなる。ちっょとしたことの積み重ね、毎瞬毎瞬の選択で姿は変わってくるの」
本文 p47より
この「毎瞬毎瞬の選択」が、ダイエットだけではなく人の未来を変えていくというのが、今回のテーマの一つのような感じです。
彼女はバッシングの中でも自分を支えてくれた人(マネージャーの高田聡志)を母に紹介しようと、実家に向かいながら車の中でそんな話をしていたのでした。そして騒動の当時どうして会見を開く決心をしたのか聞かれて
とても大事なことを教わったのに、思い出せない。だけど、忘れているのではなく、自分の奥の奥にはちゃんと残っているような、奇妙な感覚だ。
ひとつだけ、はっきり覚えていることがある。
「とても美味しいアフォガードを味わったの。アイスの濃厚な甘さと、ほろ苦いコーヒーが絶妙で、これって人生だなぁと思った。私は甘さだけを求めて、美味しいとこどりしようとしてきた。苦さもしっかり味わおう、向き合おうと思った」
本文 p54
その騒動の時に母が父に捨てられたのではなく、自らの意志で未婚の母を選んだことを知り、沙月が、母に対する申し訳なさで今まで足が遠のいていたことを、聡志に話して車内が沈黙した時、ラジオから作家の二季草渉が事故にあったニュースを聞き、そしてようやく実家についた時に、救急車に運び込まれる母の姿に出くわすことに…
美味しいとこどりの生き方、誰もがそう望むものですよね。でも人生はいろんな味が混ざり合っているものですね。そんなことも普段はあまり考えないかもしれないです。私はものすごく苦い味も経験しましたけどね~実際に飲んだお薬の味とかですが。
薄明ラムネと川田藤子の想い
久しぶりに娘の沙月が帰ってくるので、準備をしていた藤子は、麦茶を飲もうとポットを持った瞬間に、テレビから流れた二季草渉の事故のニュースを聞いてポットを取り落とし、こぼれた麦茶をふいて立ち上がった瞬間気を失ってしまいます。
中学時代の出会いとラムネの思い出
気を失っている間の夢の中で藤子は白い猫に招かれて「薄明ラムネ」を口にします。そしてラムネの思い出のある中学時代へと思いが戻っていきます。そこには同級生にいじめられている鮎沢渉がいました。彼女が声をかけると同級生たちは逃げていき、渉は「同情なんていらない」と泣き出しそうに言います。でもそれに対する藤子の答えは…
「同情なんてしてないよ」
躊躇なくそう答えると彼はゆっくりと視線を合わせた。
本文 p82-83
「この前テレビ見て思ったんだけどね」
「……有名人とか飛びぬけた活躍をしている人って、学生時代にいじめを経験している人が多いんだって。テレビでは『悔しさをバネにするんでしょうね』って話してたけど、私はそれだけじゃないと思うんだ」
「たぶん、そういう人って、私たちのような普通の人間にはない、『特別な何か』を持っているんじゃないかって。普通の人間たちは本能でそれを察知してしまっている気がするの。人によっては、それを「異端』ととらえてしまうんじゃないかって」
「『異端』を排除したくなる人って、どうしてもいるんだよね。きっと自分の本心に気付かないまま、いじめてしまってるんじゃないかな」
「『羨ましい』って気持ち。鮎沢君は他の人にはない、特別な雰囲気を持っているから、それに引っかかる人がいるんだと思うよ。たとえば、『足が速い』とか特別な部分が目に見えてはっきりしていたら、素直に尊敬できるんだろうけど、それがなんなのかわからなかったら、異端なんだよね」
「で、私も同じ、鮎沢君の『特別な何か』を察知してそれを護りたかった。だから理屈じゃなく助けたんだと思う。つまり君は特別な人ってことだよ」
本文 p82-83より
いじめの一面を的確に言い当ててますね。わけのわからない嫉妬に駆られて、相手をいじめてしまうのは実は弱い人間の行動なんでしょうね。だからと言って正当化できるわけではないですけどね。
また別の場面、「親の理想を押し付けられていて、ほんと嫌になる」という渉の言葉に
『鮎沢君は優しいんだね。』
『今の話でどうして僕が優しいに行きつくの?』
『だって、しんどいし、もう嫌なのに、お母さんのためにがんばろうとしてあげてるんでしょう?すごく優しいよ。』
『……親に逆らえないだけの弱虫だって思わない?』
『うーん、逆らって反抗するって、いろんなものを壊して傷つけてしまう可能性を孕んでいるよね。どっちかというと親に怒られる云々よりも、すべてが壊れてしまうのが怖かったりするじゃない?それなら自分が我慢しようってなっちゃう。それって、弱さじゃなく、優しさだと思うんだよね。』
本文 p86-87
藤子のものの考え方は、常に渉の意表を突いてくるものですね。自分を肯定してくれる藤子を頼りにする渉。藤子は常に自分の「ものさし」がぶれない人のようです。
そして二人は放課後一緒に帰る仲になり、ある日売店で「ラムネ」を買って一緒に飲みます。その時渉が、父から教わったという泡がでないコツを教えてくれたのでした。(これがまさにラムネの思い出)
告白、そして別れ 恋とは言えない愛の行方
こんな風にして藤子との出会いが渉を変えていくんですね。おどおどばかりしていた美少年は、高校に進んだ時には堂々としていて、女の子たちのあこがれの的に成長します。そしてそんな彼を好きだと自覚した藤子はある日彼に告白をするんです。
「私と付き合ってくれないかな」
その時の彼の表情は忘れることとができない。
少し驚いたように目を見開き、凍り付いたように固まったのだ。
あ、断られる、そう思った。
私は顔を上げていられずに俯いて、目を瞑る。
ややあって、私の頭上に力ない言葉が届いた。
「ーうん、いいよ。僕、川田さんのことは好きだし」
本文 p96
そうして始まった二人の付き合いは、お互いが就職をしてからも続きますが、やがて終わりを迎えます。ただ藤子は渉に最後に一つだけ「お願い」をします。そして別れた後、藤子は子供ができたことを知り、一人で育てることを決意します。
子供の名前に、自分たちの名前を入れようとは思わなかった。
この子はこの子の人生を歩むのだから
本文 p100
その後渉はサラリーマンをしながら売れっ子の作家になります。そして偶然にも映画化された作品のオーディションに沙月が応募することになります。結局彼女はその役はもらえなかったものの、同じ作品の別の役で出演が決まります。芸名を決めるときに沙月は藤子に「川が付く名字でなんかよいのあるかな?」と聞くと「鮎川」は?と答えそれがそのまま芸名になりました。
檻の中の獅子
問われるまま白猫にこたえていく藤子。
「人はよく『運命は決まっている』と言います。あなたもそう思いますか?」
「だって、決まっていますよね?」
「まあ、確かに決まっているといえる部分はあります。たとえば、生まれる場所や親、容姿などですね。運命とは『命を運ぶ』と書きます。過去生のあなたが、次に生れ落ちる境遇を決める。それが『運命』です。設定するのは、他の誰でもなくあなた自身。あなたが選んだ命です」
本文 p109より
「運命が境遇で、その未来は選択の連続です。未来はいくつも存在しているんですよ」
本文 p110より
今まで「運命」って言葉に他人任せなニュアンスを多く感じていて、どっちかというと「運は自分で開く」的な考えの私はむしろ懐疑的だったせいかも…境遇が運命…確かに現世の自分じゃ変えられない部分ですよね。
その先は自分の選択というのにも一定の共感できるんですけど、でもねその「選択」には自分だけのものではなくて、いろんな人の「選択」が入り混じって、結果「思うようにならない」のが人生のような気もします。
例えばスポーツ選手、稀代の選手が同期にいただけで、今までの選手では最高なのに、どうしても二番手になってしまう、努力だけではどうにもならないからこそ「運命」としか言えない場合もあるんじゃないかな?星占いではそのあたりどうなのかな?なんて疑問もあることはあります。
例えば長年あることを研究し続けてきて、やっと成果が出たと思ったら、わずかの差でほかの人がほぼ同じことを発表してしまうということも、世の中には結構ある気がします。
同じ目的の人たちが同じ山を目指した時にね、「運命」とまではいかない「時の運」が作用しているようにしか思えないんですね。それもホロスコープに出るのかな?それともそもそも人と比べる時点でアウトなのかな?
そしてマスターは星座の話をします。太陽星座が乙女座の藤子ですが、心の星座である月星座は獅子座でした。
「藤子さんの心には、強さとカリスマ性を持つ百獣の王がいるんです」
「藤子さんの凛として立ち、自分を曲げない根底には獅子のプライドがありました。ですが、あなたはこの獅子を押し込めてきたのです」
「檻に閉じ込められ続けた獅子は、何度壁を引っかいても雄たけびを上げても、扉が開くことはなかった。爪は剥がれ、喉は嗄れて、今やすべてを諦めた目で、檻の隅でジッとしているイメージです」
「心を無視し続けると、自分が分からなくなります。どうか、もっと心の声に耳を傾けてあげてくださいね」
本文 p130より
マスターの優しい言葉に、藤子はあふれる涙をこらえることができませんでした。
「細かなことですが、心を蔑ろにした選択はやがて大きな歪みにになるんです。人は選択の連続でフィールドを移動していく。未来が決まるのですから」
本文 p130より
ここのセリフはなんだかストンと落ちたというか、とても納得できました。この先もとても深い話が続いていきます。
「沙月さんの出生の真実はさておき、あなたは彼がどんな気持ちでいたのか、聞いてみたいとは思いませんか?」
「あなたは、彼が何を考え、何に悩み、どんな人を好きになってしまったのか、本当のところは分かっていませんでしたよね?」
本文 p136より
この問いかけは藤子にとって思いもかけないことでした。
人とのかかわりは常に相手もいるものだと気づかせてくれた気がします。自分の本当の気持ちだけでなく、相手の本当の気持ち…そこに思い至ることってあまりない気がしますね。ましてや自分の気持ちでいっぱいいっぱいの時に、人はどうしても視野が狭くなってしまう気がします。
鮎沢渉のノートと雨のプレッツェル
ここでは渉の生い立ちが語られています。母親の過干渉によって、読書以外ほとんど許されない環境に育った彼は、常にノートを持ち歩いて、母の気配を感じるとそのノートを開いて勉強をしているふりをするようになります。成長しても縮こまって生きる彼の唯一のはけ口がノートに物語を書くことでした。それも自分をいじめている人間たちへの呪いを込めた物語を…。そしてそのノートを取り上げようとする同級生にいじめられているところを藤子に助けられることになります。
この時の僕の気持ちは形容しがたい。
忌み子だった、生まれながらに不幸だった自分がだ。
特別な存在だと、彼女は言い切ったのだ。
手がぶるぶる震えるのを感じながら、眼鏡を受け取る。
彼女は、僕が一番欲しかった言葉をくれた。
それは自分すら気付かなかった、深海の奥底に隠れていたもの。
彼女はあっさりそれを見つけて、やすやすと差し出してくれた。
もちろん、ここで、自分が特別な存在だと信じるほど単純ではない。
けれど誰かに偽りなくそう言ってもらえたことが、嬉しくて胸が熱かった。
本文 p150より
この時彼の人生ははじめて救われたのですね。
そして藤子との日々が始まり、ある日プレッツェルを食べながら二人で見た景色の美しさが彼の心に一つの区切りをつけます。
幾重ものグラデーションの上に雲が流れている。太陽は海に溶けて、海は空の景色をそのまま映していた。
こんなに美しいものがこの世にあるなんて、と本気で思う。
「たしかに、すごく青春っぽい」
川田さんが、この景色を気付かせてくれたのだ。
その夜、僕はノートに書き連ねていた、殺伐とした小説を終わらせた。
ラストはほとんど無理やりだったけれど、とにかく新しい話を早く書きたかった。
この世界はつらくて苦しくていろんなことがあるけれど、美しい景色は存在する。
僕の目に映った奇跡のような光景を文章にして残したいと思った。
本文 p155より
なんだかね、さすが小説家さんという一文ですよね。美しいものを残したいという思い…そういう思いで書かれた文章は、やはり美しいものだと思います。この小説が優しく感じられるのも、きっと作者さんのそんな思いが込められているからなんだなって思いました。
この章ではその後彼が小説家になり、そして事故にあうまでが書かれています。藤子の章と対比して読むとまた別の面が見えてきます。
あの日のスクリーン
そして最終章は意外な展開が待っています。そして「ライオンズゲートの奇跡」とは?それは実際に読んでのおたのしみということで…
とにかく引用だらけの印象ですが、まだまだ引用したくなる部分がとてもたくさんありました。これでもずいぶん絞ったんですよ。特にこの「ライオンズゲートの奇跡」は一つの家族を通して、人生の本当にさまざまなことを考えさせてくれました。そしてなによりも作者さんの人を見る視線の優しさが印象的でした。次の作品が出たらぜひ読んでみたいと思います。
おまけ…ふと思い出した韓国ドラマ
この作品を読んでふと思い出した韓国ドラマがあります。日本でもリメイクされた「彼女はキレイだった」というドラマです。
幼いころ太っていて気の小さかったぶさいくな少年は、雨の日になると交通事故で亡くなった母の姿がフラッシュバックしてパニックに陥ります。そんな彼がある雨の日、隣人でありクラスメイトの女の子に助けられます。彼女はとてもかわいくて成績も良く、二人は親友になりますが、彼は家庭の事情でアメリカに渡ります。彼女に再会することを願いながら、やがて帰国した彼は、ハンサムで仕事のできる男性に成長していました。一方彼女の方は母親似だった美少女だったのに、成長するにつれ父親譲りの不細工が表立ってしまい、再会の場に行くものの名乗り出る勇気がありませんでした。あげく美人の親友に身代わりを頼んでしまいますが、なんと彼は彼女がようやく入社した編集部の副編集長として赴任してきたのです。二人の本当の再会までをコミカルに描いた傑作で私も大好きな作品の一つです。もし機会があれば見てみてくださいね。
この満月珈琲店シリーズ、ドラマ化したらとても見ごたえありそうです。
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